『リア王』

2008/2/2-12:00開演 さいたま芸術劇場

去年後半の蜷川作品はチケットを取り損ねまくりましたが、これは早々とチケットゲット。しかしどちらかというと派手さのない重厚な布陣。
どうだろう、と思ってましたが、もう、そんなこと考えてたのがおかしいと思うほどの充実した、見ごたえのある舞台でした!




今回は、なんといっても「重厚」なベテラン陣が魅せてくれていて、リア王の平幹二朗さん、グロスター伯の吉田鋼太郎さん、ケント伯の嵯川哲朗さん、そして長女ゴネリルの銀粉蝶さんが素晴らしく。

リア王は、愛する娘たちの本質を見抜くことができず、また愛し愛されていると思っていた愛情を裏切られ、そして絶望の底を歩きながら徐々に正気を失っていく。そしてやっと取り戻した正気と本物の愛情をまた奪われ、その中で息を引き取る。この、正気と狂気の境目を行き来する、絶妙のさじ加減が、威厳ある王と、自分の老いや、自分の過ちにうちひしがれていく様を体現していた。
かつては絶大な権力を持ちながら、才覚を持ち、尊敬を集める人柄であったのだろうと思われるリア王、それは彼を慕う古くからの家臣たちの言動から伺える。たとえばケント伯は、王の決断を「間違っている」と真っ向から否定し、王の怒りを買って追放されてもなお、身をやつしてまで王のもとに戻ってくる。最後には「私を助けてほしい」というオールバニー公の言葉に、「私は旅立たなければならない、かつての主人が呼んでいるから」というような言葉を返し、リア以外には仕えない、もしくは自分の死期を悟ったかのようにも見える。

また、グロスター伯は娘たちが王をないがしろにする所業に思い悩み、密かに王を助けようとする。その一方で彼自身も、息子エドマンドに騙され、エドガーを失い、エドマンドにも裏切られ、という、リアと似た境遇に陥っていく。彼が受けた拷問の場面、自分の過ち、エドマンドの裏切りに気づく場面は、鬼気迫るものがあり、素晴らしかった・・・そして怖かった。
グロスター自身、生への希望を失って、それとは知らずエドガーに助けられる中、王と再会した時は、その声だけで主君を見分け、その変わりようを感じながらも「手にキスを」と忠誠を表すシーンも、リアがいかに慕われていたかがわかる場面になっていた。

娘たちでは、やはり長女のゴネリル。権力への執着と、女としての欲望を毒々しく、時にコミカルに表現し、身を滅ぼす様がぴったり。この妻にして、オールバニー公が陰にあるように見えていたが、彼には彼の忠誠心と分別があり(まあ妹に色目は使ってたけど)、ただの悲劇では終わらせない、良心の部分を担っていたのかと思われる。

そして、エドガー&エドマンド。
エドガーは高橋洋さん、蜷川さんの舞台には欠かせない、というか、彼自身蜷川さん以外の舞台には出演してないけれど、毎回蜷川さんから高いハードルを設定され、それをきちんとモノにして魅せてくれる、私にはとっても注目の方ですが、舞台冒頭で父グロスター伯からの紹介の時点では、メガネ姿で物腰柔らかな、どちらかというと地味な印象だった嫡男。そして、庶子の出だと蔑まれている荒々しい弟エドマンドが池内くん。池内くんは、アオドクロの時は正直足りないな、と思っていたので、今回はどうかなーと思っていました。
で、初めは荒々しいエドマンドはキャラが立っていて、エドガーはわからないな、と思ったのですが、それだけで終わるはずもなく、エドマンドに騙されて逃げたあとのエドガーがもう、素晴らしいの一言!
身分を捨て、正気を失った、貧乏な、乞食に身をやつさなければ、と決断する場面。
その後、その言葉通りのいでたちで現れたエドガーは、もう見る影もなく・・・この時の演技は、圧巻でした!!爪先立ちのまますばしこく歩き、甲高い声で狂人の言葉を発し、それでいて目の前にいるリア王の変わり果てた姿に驚愕し、リア王を助けるべく現れた父グロスター伯にも気付かれないよう、でもふとした瞬間に正気が出てしまう、そんなエドガーの心情表現と、そしてその身体表現は、大変な表現力で劇場を支配していた気がします。
グロスター伯が拷問にあって再会した場面での激しい葛藤。やっと「愛している」と言ってもらえた父に、こんな自分が身分を明かせない、でも父の傍らに付き添い、そして絶望にいる父をなんとか助けたい、という想いから、必死で父に説く姿は、吉田さんのグロスター伯との二人の息の合った、真に迫った場面で、涙が出てきました。
最後に、エドマンドの計略を暴くべく、奔走するエドガーは、冒頭のおぼっちゃんなエドガーとはかけ離れた彼になっていた。エドマンドとの対決を終えた時、エドマンドが床にはいつくばりながらエドガーに近づいていて、しかも傍らには剣が落ちていたから、エドマンドが最後にエドガーにまた剣を向けるんじゃないかとドキドキしてしまった(汗)
しかし、エドガーがすべてを告白する場面、グロスター伯へも告白し、そしてグロスター伯が亡くなった、という件は、ぜひその場面も戯曲にしてほしかったな、と思いました。

池内君のエドマンドも、庶子だからと蔑まれることへの怒りが前面に出ていて、アオドクロの蘭より良かった気がします。役に合ってたのかな。だけど、最後にエドマンドが「死ぬ前に一つだけいいことを」みたいに言って、コーディリアとリア王の暗殺のことを話したのにはちょっと唐突感があったかもしれない。
彼は彼なりに、「愛されたい」欲求が強かったんだろう、強すぎたんだろう。そしてその解決方法も間違っていた。愛されないから、蔑まれるから、権力と地位と名誉を奪ってやろう、という考え方。それでも最後の彼の言葉から、リア王の娘二人が自分を愛して死んでいったことが、彼にとっては救いだったのかもしれない、とも思うと哀しい人たちだとも思う。まあ、当然間違っていることに変わりはないけれど。

今回、蜷川さんの演出もまた面白いものでした。
特にびっくりしたのは、舞台装置。いきなりの松羽目模様に「和洋折衷できたか!」とびっくり。しかも松羽目って、めでたい場面で使うんじゃないんでしたっけ?
全体に石を思わせる壁使いと、地面には砂、衣装は重々しい毛皮。照明も鋭いものが多く、また場面転換に時間を取らないスムーズさはさすが。
エドガーの、リア王の、砂を使った狂気の表現も、ところどころで使われるからこそ印象的でした。

ベテラン陣の重厚な演技と、飽きさせない秀逸な演出、後半の物語のうねりなど、非常に見ごたえのある舞台で、もう一度観たい!と思わせられました。

それにしても、高橋洋さんはどこまでも期待を裏切らないというか、びっくりさせられるというか、逸材だなあ、と思っています。
私が蜷川さん舞台を観始めてから、しばらくは意識には入っていなかったのですが、たぶん一番初めに意識したのは、『幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門』の五郎から、かな。当時は役者は気にしてなかったけど、五郎の演技と存在感は、当時書き途中で止まってる自分の感想にも残っている。
そして、確実に高橋洋さんという名前で意識したのは、『KITCHEN』でのパティシエ役から。それ以後、どんどん大役を、そして蜷川さんからの大きな課題をモノにして舞台で魅せてくれる彼から目が離せなくなっていった。
私の一番のお気に入りは、『間違いの喜劇』のドローミオ兄弟!感想は当時の記事で熱くうざく語ってますが・・・DVDNINAGAWA×SHAKESPEARE IIIも発売されているのでぜひ!とおススメしたい舞台でした。
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by yopiko0412 | 2008-02-04 02:00 | 演劇  

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