野田MAP『THE BEE』日本版

2007/7/1-16:00開演 シアタートラム

もう日本版は終っちゃいましたか?でも日本版。
意外にも、シアタートラムは初めてだったんですが、こういう芝居にはぴったりの適度な閉塞感と無機質さが漂っていました。




被害者が、一瞬にして加害者に変貌する。
加害者と被害者だった男達が、互いに互いの加害者であり、被害者でもあり、その行動は表裏一体、平行線の上を辿り続ける状況。今回は、原作ありきの戯曲だったからか、野田秀樹特有の言葉遊びではなく、淡々とした演出と演技に圧倒されました。出演者も人数を極力抑えた実力者揃いで、内容の重さもさることながら、演劇の凄みを感じた気がします。

演出面では、まず、開演前の音楽や、舞台上に再現された家庭の雰囲気で、時代を表してました。
音楽は昭和のテイストたっぷりな歌謡曲(♪私の私の彼は~左利き♪とか)で、そして劇中で父親が息子の誕生日に贈るプレゼントは、「計算機」ま、電卓ですね。家庭にはちゃぶ台があり、電話は黒電話、化粧台に三面鏡、筆記用具は鉛筆、という具合。野田秀樹演じる主人公井戸は、どこにでもいる普通の会社員、これが多分日本の人口の大多数を占めていた、そんな時代。無難に、かくあるべき、というような言動で日々を過ごしていれば、幸せであったであろう、そんな時代。
そんな時代の中で、ある日突然被害者になった男が、その「かくあるべき」被害者らしい言動からはずれて、加害者になってしまう。

そこには、人間が持つ内面の表裏一体、紙一重、などが凝縮されていて、それを暗示する演出も多数。
照明を使った、光と闇、実態とその影を駆使した演出、舞台上だけでなく、壁までも使っていたのが印象的。三面鏡の明かりを使った演出は、三面鏡に映っているであろう、井戸の表情と、それを見た秋山さんの表情、その動きが全て見える演出で、背筋がぞっとする思いでした。
一枚の大きな紙を使った演出も、びっくり。紙を自在に操り、穴を開け、折り、破き、時には映写スクリーンに使い、最後には全てが紙に呑み込まれる。まさに紙一重の世界観なんでしょう。
そして、もう一つ恐ろしかったのは、鉛筆と、箸。それを指に見立てて折っていくわけですが・・・わかっていても、無音の、薄暗い劇場に「ぱきっ」と響く音、そしてそれに続く叫び声が、実際に指が折れているのと同じくらいの効果がありました。

後半の、淡々と、淡々と、同じ動作を、徐々にスピードアップして見せていく流れ、もう世間は他の事件に心を奪われ、ただ加害者同士が被害者同士であり続ける、そんな状況が日常化すらしている様子が、大いなる皮肉であり、日本と日本人が持ち続けている矛盾だったりするんじゃないかと思ったり。

これだけ色々な要素がありながら、最大の要素であったはずの蜂が、何のメタファーだったのか、は結局掴みきれず、だったのですが、2時間にも満たない上演時間を短くも感じず、五感を刺激する演出、想像力を掻き立てられる演出、そして生々しさを伝える力を持った役者陣の熱演にやられた観劇でした。

これ、日本版では、時代とシチュエーションと演出を見事にマッチさせてますが、もちろんロンドンバージョンはこのまま英語にした訳じゃ無いですよね。となると、どういう時代に、どういうシチュエーションの、どんな演出方法なのか、とっても気になります。野田さんの演出は、毎回予測不可能なこと尽くしで、時には理解不能だったりもするけれど、だからこそ観る側にも相当な読解力や想像力が求められていて、気を抜けない、刺激的な演出だと思います。今回、それをまた強く感じた舞台でした。
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by yopiko0412 | 2007-07-10 01:50 | 演劇  

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