『あわれ彼女は娼婦』

2006/7/23-14:00開演 シアターコクーン

今年も精力的な蜷川さん。今回は主演格に初参加組を迎えて、相変わらずセンセーショナルな題材を上演・・・それにしてもポスターの時点で相当のインパクトがあった作品でした。が、劇場入ってすぐ、「ポスター完売」の文字にびっくり!えーとあのポスター部屋に飾るんでしょうか?あれを??部屋に???うーむ、計り知れません(汗)




ストーリーは、大愛憎劇!
パルマの街で誰もがその将来を嘱望する、学があり人徳もある若者ジョバンニは、実の妹アナベラへの愛に苦しんでいる。後見人でもある修道士は彼を諌めるが、ジョヴァンニは治まらない。アナベラも、街中で噂される美貌を持ち、求婚者が後を絶たない。貴族で評判のいいソランゾ、ローマの軍人で枢機卿のお気に入りのグリマルディ、裕福な議員(?)の甥だが利口ではないバーゲットらからそれぞれ求婚されているが、彼らの誰も気に入ってはいない。多くの求婚者を見て思いつめたジョヴァンニは、アナベラに愛を告白、拒否するなら自分を殺せ、そうでないなら生きる、と命がけの告白に、アナベラもまた、兄ジョヴァンニを愛していたことを告白、二人は禁断の愛を誓い、結ばれる。しかし幸せは長くは続かず、じきにアナベラは彼の子をみごもる。その罪の重さに気付いたアナベラは修道士の言葉に従い、ソランゾの元へ嫁ぐ。
しかしそのソランゾ、評判のよさの裏では、かつて人妻ヒポリタを誘惑し、その主人が亡くなった途端、あっさりと彼女を切り捨て、恨まれている。ヒポリタは彼への復讐に燃え、ソランゾの召使バスケスを誘惑し自分の復讐に役立てようとするが、バスケスは主人のためにスパイをしていただけで、ヒポリタはソランゾの披露宴で呪いの言葉を残して息絶える。実はヒポリタの夫だった男は、妻の裏切りを知り、死んだことにして身分を医者と偽り、姪を連れてソランゾへの復讐を企んでいた。
また、ソランゾの恋敵だったグリマルディも、彼に名誉を傷つけられたと彼を憎み、密かに彼を殺す手はずだったが、誤ってバーゲットを殺してしまう。
血で始まった結婚はやがて破綻。ソランゾはアナベラが別の男性の子供を身ごもっていることに激しく怒り、その名前を聞き出そうとするが、アナベラは頑なにそれを拒む。しかしアナベラの乳母がバスケスに告白したことから、復讐は最終幕へと突き進む。

やけにあらすじが長くなってしまいました。それにしても復讐と殺人が幾重にも絡まった演目だ・・・でも混乱することは無かったので、構成が上手いのか演出の上手さか。まあ、混乱はしなかったけれど、時系列や登場人物の心情が幾分わかりにくいのと、やりっぱなしなところがあるのは感じましたが、これは後ほど。

まずは、今回も舞台装置がかなり特徴ありました。
セットは半円形にめぐらせられた円柱と、2階まである扉、とそこに掛かるカーテン。そして端から端までびっしりと、でも不規則に張られた赤い糸。場面転換はセットの変更ではなく、扉の開け閉め、カーテンの有無、光の指し込み、そして壁に投影される模様のみ。たったそれだけで、舞台は一瞬にして教会になりパルマのフローリオ邸に面した道になり、そして屋敷の中にもなる。もう、見事としか言いようが無い。この舞台装置だけでも、見ごたえありでした。
パンフレットによると、今回もどこかの劇場がモチーフだそうで、このパターンも定番になりつつあるのかな、と。

そして、考えたのは、あの無数の赤い糸の意味。まあ赤という色は単純に「血」なんでしょうけれど、それも「血縁」の血であり、復讐に流される血でもあるのかなあ、と。あとは、「境界線」の意味もあるのかなと考えてました。超えてはいけない境界線、越えることのできない境界線。後から考えると、そこには「近親相姦」の境界線と、ローマ教会(教皇)の絶大なる権力という境界線、さらには文字通り国家間の境界線という意味もあったのではないかと。ジョヴァンニとソランゾの復讐という主軸の他に描かれている内容は、この時代の持つ理不尽さや美徳、宗教観、国家観を露わに表現していると思うから。

近親相姦については、観たとおり。というか、台詞でも一番近しい存在を愛して何が悪い、みたいな感じと、人として優れていて尊敬できる相手が、たまたま兄弟だっただけ、そして兄弟だからこそ見える部分もあるからより愛情が強い、ということかと。
でもジョヴァンニはしきりにアナベラの美貌を引き合いに出し、そしてアナベラはジョヴァンニを天使のような、とか崇め奉ってる印象。これって本当に愛情だったのか?そこには、当時の女性観があるのかもしれない。ジョヴァンニはアナベラの愛を知って以降、彼女にその愛の証明を迫ったり裏切りを抑制するような発言をしてる。その辺りは、独占欲というか、女性は男性のモノ、という観念が反映しているような。それが、最後に彼女を自分の手で殺すことで、彼女の心臓を手にすることで彼女を永遠に自分のものにする、という行動に繋がっていたのかと。女性は美しく、貞淑であれという観念があるから、あんなにも美しいアナベラを愛していると強調していたんだと感じられる。
だって、他の求婚者も、結局は彼女の美しさに惹かれて求婚していたわけだし、主要女性登場人物3人が、それぞれ女性の型というものに縛られて、もしくはそれを破っている。そう、貞淑で従順で意思表示をしない事が女性らしさだとされていたあの時代の中で、アナベラは求婚者たちに対し、明らかな拒絶を示し、自らの意思で行動していた。そしてヒポリタもまた、夫を裏切っていた。対して偽医者の姪は、叔父の言うとおりに叔父の企みの手助けをし、夫も叔父の言うとおりに選び、最後には言われるがままに修道院に入ってしまう!彼女こそ、時代を象徴するプロトタイプの女性としてこの劇中に存在していた。そしてその型にはまらないヒポリタとアナベラは、最期まで異端者として蔑まれた。

女性観とは別に、男性社会と宗教観も描かれていた。
それはローマ教皇という絶対権力の存在。劇中、その権力の具現化した存在として、枢機卿が市民の命運を握っていた。枢機卿は「素晴らしい人物だ」と評価されていたにもかかわらず、そのお気に入りであるグリマルディがバーゲットを殺したことを弾劾しに赴いた市民に対し、「グリマルディはソランゾを殺すつもりが、間違ってバーゲットを殺してしまっただけで、バーゲットを殺すつもりではなかった」という論理でグリマルディを庇う。そんな論理があるはずもないのだが、市民は教会の権力の前に、引き下がるしかなかった。そして何事も無かったかのようにそのエピソードはそれ以降触れられず、その後も市民達は枢機卿を厚遇している。
最後の復讐劇についても、その顛末を聞いた枢機卿の下した裁決の論理は偏っている。「復讐の罪」「殺人の罪」よりも「近親相姦の罪」を重くみなし、外国人であること、主人への忠誠心の厚さという理由で、バスケスへの処分は極めて軽い。また、男性であるジョヴァンニへの弾劾の言葉は無く、女性であり被害者でもあるアナベラに対し、「娼婦」の烙印を浴びせている。

ちょっと釈然としなかったのは、偽医者のやろうとしたこと。彼は自分を裏切った妻と、その愛人だったソランゾへの復讐が目的だった。姪まで巻き込んで、ソランゾが求婚しているアナベラとその父に近づき、敵対しているグリマルディをそそのかす、までは意味は分かるんだけど、そこでなぜバーゲットを誘惑させ、ソランゾたちが教会に行くだろう日に姪とバーゲットを教会へ行かせたのか・・・まったくわからん。結婚する前に夫を亡くした姪に、バーゲットの叔父から金をせしめようとした、のかな。それくらいしか理由が無い。
しかもソランゾへの復讐は中途半端。彼の思惑とは別の次元で事が動いて、「もうこのままでも破滅するだろうからあとは見てよう」な楽な立場になり、そうなると用無しな姪は邪魔だからかもっともらしい言い訳を付けて、修道院へ。で最後は自分の正体を明かして「復讐が達成された」てなんて都合のいい・・・。

バスケスの扱いも、なんだか最後にいきなり「実は・・・」みたいな種証しをされてもあんまり納得できるものではなかった。途中でソランゾに「立派なイタリア人になりましたな」とか言ってたあたりで多少の示唆はあったけれど、彼はスペインからイタリアに来て、イタリアに恨みでももっていたのかな?ちょっと記憶が定かじゃないけど「イタリアに勝った」的なニュアンスを感じた気がします。
主人に忠実なんだけど、主人のことすら手の平で転がしてたような印象もあり、結局彼が求めていたのはなんだったのか、分からず終い。

ところで呪いの言葉を残して死んだヒポリタは、アナベラの妊娠を知ってたんでしょうか?て素朴な疑問もあります。

あーあとわかりにくかったこと。時間の経過!
これがほんとにわからなかった・・・ジョヴァンニとアナベラが愛し合ってからの期間が、9ヶ月もあったなんて!ていうのも台詞にそんな言葉があったからわかったことで、季節感も時間の経過の説明も無いから、ロミジュリくらいの三日天下なのかと錯覚してました・・・。
だから、直前に究極の拒絶を受けたソランゾとアナベラが直後に結婚することになったのかと思ってたら、違うのね、数ヶ月経ってから、突然結婚が決まって大喜びだったと。なるほど。
しかし、結婚してからの時間の経過はこれまた分からず。アナベラのお腹は目だってなかったから、そんなに日は経ってないんだろうけど、ソランゾはアナベラの妊娠にいつ気付いたのか。結婚式が終わって次にこのカップルが出てきた時は既にソランゾが怒り狂ってたので全然わからなかった。
時間の経過については、もうちょっとなんとかならなかったのか、と思います。

とまあ色々言ってますが、これだけ色々考える事ができるのもまた面白いかな。あとはやっぱりキリスト教にもっと詳しければ!と。パンフレット読むと、アナベラをマグダラのマリアになぞらえている、なんてことも書いてあって、なるほどと思いますが、ちょっと聞きかじった知識だけではとても太刀打ちできません・・・自分がもうちょっと詳しかったらな、と思います。
あと、馬。蜷川さん、馬好きですよね。と思ったら、馬が最もセクシーな動物だと考えているそうです。んー、まあ分からなくもない、ですかね(汗)

役者さんについて少しだけ。
ジョヴァンニの三上博史はこの日44歳の誕生日だったそうですが・・・見えない(笑)
華奢で、白いシャツに黒のロングキュロットみたいな出で立ちが青年なんだけど儚げな印象。劇中でも病気がちで、みたいな描写だったからぴったり。
しかしあのテンションの芝居を続けるにはかなりの精神力がいりそうです。

アナベラは深津絵里。この人は舞台でのあの声がなんか透き通るようで好きです。昔ドラマであの声でぶりっ子役だった時は「げっ」と思ってたんですが(笑)
アナベラは少女のようでいて、そして自分というものを持っていた、その意志の強さもあり、例えばソランゾに啖呵を切る場面とか、かっこよかった。そういう凛としたところも併せ持った表情のできる女優さん。でも生で見るとちっちゃくて華奢でかわいいのでびっくり。

ソランゾは谷原章介。去年のコーカサスでも評判が良かった印象なので、楽しみにしてました。この人は声がいいですしねー♪あの深くて響く声は舞台にもぴったりでした。それからデカイ(笑)その上中世っぽい衣装が良く似合う!
いい人なのかと思いきや、ヒポリタには冷徹だったり、2面性のある役柄。もうちょっとそこを強く見せてくれても良かったかなーと思いますが。でも切れてアナベラを罵倒するところは鬼気迫るものでした。

バーゲットの高橋洋。この役はいわゆる道化役なんでしょうね、これだけの思い話の中で、彼自身も殺人の連鎖にはまってしまいましたが、途中までは道化として清涼剤の役だったのかと。
洋さんの道化は『間違いの喜劇』でたっぷり堪能したし、前回のライト兄弟なんかもちょっとコミカルだったけど今年は洋さんコミカルイヤー?(笑)1幕で出番終わりで寂しかったけど、バカでかわいくて楽しくて、でも最期は切なくて、と色んな洋さんが見れました。
でも単なるコミカルだけじゃない、計算とか度外視で、自分がいいと思うことをする、目の前のいいことに飛びつく、そんなある意味人間の本質というか、そういうものを見せる役でもあったかも。
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by yopiko0412 | 2006-07-26 22:01 | 演劇  

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