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『ヴァージニア・ウルフなんか恐くない』

2006/6/27-18:30開演 シアターコクーン

これはなぜだかすんなり取れたチケット。うーむ、最近色んな舞台の人気度が全く読めない・・・。自分的には観たいものは観たい、て感じですけどね(笑)

おしゃれで重厚感のあるチラシ写真とは裏腹に、人間が隠している暗闇を吐き出させる、そんな舞台。登場人物みんなが爆弾を抱えていて、深夜、ほぼ初対面に近い2組の夫婦が揃い、疲れ切った身体にアルコールが入り、言葉の表裏に張り巡らされた罠にそれぞれがかかっていき、自分自身を取り繕うことが徐々に不可能になっていく。




みんな、ウソと現実がごちゃまぜの台詞の応酬、そのうち何が本当なのかわからなくなっていく感じ。最大の点は、マーサとジョージの息子。初め、息子はいたけど死んじゃったとか、そういうことかと思ってたけど、違ったのね。途中で「あぁ、息子は二人の想像か」と思ったけど、その内色々疑心暗鬼(?)になってきたら、ニックとハネーも想像じゃないかと思ってしまったくらい(汗)まあさすがにそれはなかったと思うけれど。
ジョージの過去、あれはどうなんだろう?やっぱりあれも本当?あれを言われてあんなにも怒り狂ったってことはほんとなのかな。だけど、息子の死に方を、父親を死なせたのと同じ状況にしてたのが気になる・・・まさか両親殺しも想像?
マーサは、子供が欲しかったんだよね、でもできなかった。ジョージのことも愛してたんだと思うけど、それをどう表現していいかわからなかったし、しかも自分が大学の総長の娘だからジョージは自分に何も言えない、逆らえない、という状況でもがいていたんだろう。
対するニックとハネー。マーサとジョージの攻防に巻き込まれるだけかと思ったら、こっちにも虚実色々。結局ハネーの妊娠は想像妊娠だったの?それとも彼女が子供が欲しくないから堕ろしたのか・・・。途中、ジョージがどうやって子供ができないようにしてるんだ、みたいなことを聞いていたのでそういうことかな。で、ニックは結局彼女のことを愛しているというより、幼馴染だったから、周囲がそう期待したから、そして彼女の持参金と想像妊娠が理由で結婚したの??ニックがマーサの誘惑に簡単に乗ってしまった心理がちょっと不明。そこはあれか、野心の問題かな。

演出はケラ。2度目のケラ体験。1階客席を取っ払い、舞台をぐるっと囲む形で客席を配置して、どこからでも見えるようになっている。『贋作:罪と罰』とか『赤鬼』とかのイメージと似てるかなあ。面白いのは、盆になっていてゆっくりゆっくり、舞台が回っていたこと!あれもあらゆる角度から舞台を見せる手段かな。あと、盆の中の人と外の人の対比にもなっていたような気がする。
でもやっぱり、とある場面で大竹しのぶがちょうどこちら側を向いていて、ジョージの言葉に表情を変えたのが見えたんだけど、当然後ろ側にあたる席の人からはあの表情は見えなかったんだよなあ、とか考えると、良し悪しかな。逆に、こちら側から見えない表情とかもあった訳だし。

4人の役者はそれぞれ大きな感情のうねりをほぼ出ずっぱりで演じてて、迫力。中でもやっぱり圧巻は大竹しのぶと段田安則。段田さんは、いい人かと思いきや、あの深夜のゲーム大会を牽引する役どころ、優しい声で突き刺さる言葉を発するそのギャップがすごい。そして大竹さん、この方は舞台で見るとほんとに迫力あるし、ザ・女優という雰囲気。あの小柄な体から発するエネルギーが劇場に充満してる感じ。ずーっと張り詰めているマーサだけど、所々で本音がちらっと見え隠れする、一瞬の弱さとか、迷いとか、愛情をきちんと滲ませるから、想像の子供を殺されたマーサの絶望とか、最後に夫に縋る彼女が引き立つ。
二人の演技を受ける側だった、若い夫婦の稲垣吾郎とともさかりえ。ある意味受ける演技ってどうしてもタイミングを計ってしまうから、その辺の不利はあるんだけれど、大竹・段田のパワーには及ばなかったかなと。でも当初は何事も無いかのように見えた二人も徐々に素を露にしていく様は、普通の、どこにでもいる人々にも暗い闇の部分があることをまざまざと見せつけるものだったと思う。

ヴァージニア・ウルフの作品は読んでませんが、映画『めぐりあう時間たち(原題:The Hours)』でニコール・キッドマンが演じてたなあ。あの時代、女流作家でフェミニズム的な論説を持っていた人名を冠して書かれたこのタイトルとストーリー、結局「ヴァージニア・ウルフなんか恐くない」という言葉の意味を掴めなかった・・・。

by yopiko0412 | 2006-06-29 22:45 | 演劇  

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