山種美術館開館50周年記念 市川染五郎 受け継ぐことと創ること

2016.12.17-14:00 國學院大学学術メディアセンター 常磐松ホール

市川染五郎さんの、講演会。整理番号順に入場の自由席で、割と早く入れたのでとても近い席にすわれちゃった。
最初に染五郎さんの紹介をしている最中に、客席下手方面に染五郎さん。和服だったのでテンション上がった!濃い鼠色の羽織に、黄みがかった明るい茶の袴、髪型は固めてないので自然な感じ。

ご自身の三代襲名も発表されたばかりということで、その話にも触れながら、子供のときの話、青年期の迷い、今思うところ、などなど。
知ってるお話も、初めてのお話も、本邦初公開のお写真もありの、喋り通しの1時間半!!染ちゃん、全部自分でやろうとするためPCいじったり電気付けたり消したり、ビデオ再生したり、おろおろする感じもかわいらしかった(^_^)

覚えてる限り、順不同にあれこれと〜。





まずは、國學院大学にはご縁があるんです、ということで、暁星学園から國學院大学へ進んだお話。在籍は4年間だったんですよ?でも実際に通ったのは何日くらいかな・・・とのこと(笑)で、同じく暁星から國學院へ進んだ歌舞伎役者として勘三郎さんと松江さんのお名前を挙げてた。勘三郎さんも卒業してないのに名誉卒業生とやらになったニュースを見て驚いたそう。

子供の頃からの話になって、赤ちゃんの頃のお写真、「これは本邦初公開ですけれども」とさらっと(笑)で七五三の千歳飴もってあっかんべーしてるお写真とか。子供の頃は歌舞伎座に着物着て信玄袋持っていくのが嬉しかった、というお話。芝居ごっこのお話、一人野球のお話、この辺はいつものお話を、面白く。口紅で隈取りを描くと時々ぽきっと折れちゃうのでそっと元に戻した、とか(笑)
その後、子役でもなく、大人の役でも舞台にも出られない時期に、悩んでしまって、向いていないのではないか、と本気で思い込み、もう役者になるのを辞める、とご両親に宣言した。でもお父様は強く叱ることは無かったそう。で、芝居は好きだったのでチケットを取っていた夢の遊眠社の桜の森の満開の下を観て、芝居ってかっこいい、すごい、と思ったと。やはり芝居が好きだと思って、向いているかどうかなんて、一生誰にも答えは見つからない、でも、芝居が好きだ、という点において一番になればいいのではないか、と思って役者を辞めるのを辞めた。お父様からも、名優というのは全ての点で秀でているのではなく、弱点を克服するために別の強みを伸ばして名優になったのだ、という話をされたそう。

8歳で襲名する際に、おじいさまは体調が悪かったため、仮名手本忠臣蔵の一力茶屋の、染五郎さんと出演するシーンができなくなってしまった。そしてお見舞いに行ったら「ごめんな」と言われたことを強く覚えている。あまり祖父と一緒に何かをするということは少なかったけれど、その時ワシントンのリンゴの木の話をされた。とにかく馬鹿が付く程正直であれ、という話だった、そういうことを伝えたかったのかもしれない。

初舞台の時はただ出ていって挨拶して捌けるだけでは物足りなくて、どんつくや権三と助十の井戸替えにも出させてもらったけれど、初舞台でそんなに出るのは他に聞いたことが無い、今も平均一月に4、5役やるけれど、初舞台の頃からそうだったんです、となんだか誇らしげ\(^o^)/

幸四郎になるということは高麗屋の責任者になるということだと思っている。幸四郎になろうと思ったことはなかったけれど、高麗屋の芸を体現したいと思っていて、幸四郎になることで、高麗屋の芸を「進化」させることができるようになる。そこが楽しみ。猿之助さんが襲名しましたが、襲名前は三代猿之助さんのお芝居には一切手を入れなかった。けれど、襲名したら、その後彼がやる芝居で手が入ってないことは一切ない!!
猿之助さんが新しい歌舞伎座に初登場した際の黒塚は、照明に原田保さんを迎えて全く新しい照明での演出になっていて驚いた。

歌舞伎というのは、一言ではその定義ができない。お能や狂言は、伝わったやり方を変えてはいけないし、一子相伝が強いが、歌舞伎はそうではなく、いつも進化している。
女方は、男性がやっている、ということが大前提で、だからこそ女方の女性らしさや美しさがすごい、と映る。早変わりも、同じ人がやっていることがわかっていないと、他の人だと思われていたらそのすごさや面白さはわからない。そういう意味では歌舞伎を観るのは、実は複雑な見方をしているのです、というお話とても興味深かった。

襲名します、となった時に「おめでとうございます」と言われるのだが、何がめでたいということなのかわからない。とお客様に意見を求める。すると、國學院大学の4年生だという、染五郎さんより年長の男性より、古来から2月に豊作の神事を執り行うのは、「予祝」という神道の言葉で、予め豊作を予見して祝うことで祈りにする、というもの。だから、襲名して高麗屋の芸をこれから高めていくことを予めお祝いするので「おめでとうございます」となるのではないでしょうか、というお話が。とてもステキなお話で客席からも拍手が。

新作歌舞伎について。
新作歌舞伎には2種類あると思っている。歌舞伎のエッセンスを踏襲したもの。それって歌舞伎?と言われてしまうような、色々な要素を詰め込んだ物。やってる方としては「どっちでもいいじゃん」とは思ってるそう。そして勘三郎さんがいうように、歌舞伎役者がやれば歌舞伎になる、というのは、つまりそのためには歌舞伎役者が歌舞伎の芸を身体に叩き込んでおかなければ、そうならない。そこが大事だということ。

スライドでいくつかお写真が出されて、いちいちコメントがおかしかった。
子供の頃のお写真から突然割と最近のアー写的なのになって、とても凛々しいお顔なんだけど、「自分でも写真には撮られ慣れているとは思ってますが、なんでこんなドヤ顔なんだろう(笑)」ですって。
操り三番叟の戯れ隈をいくつか。「本日ショ日」「一富士二鷹三なすび」「くまもん」をご紹介。説明されて「あ〜」て客席から声が漏れたら「あ〜、て・・・」とちょっとしょんぼり?くまもんはうまくなかったと反省(笑)
静御前の写真は「女方も、綺麗でしょ!」と自画自賛!阿弖流為の写真もあった。

あと終盤に突然かぶき踊りの映像を。歌舞伎というのは、教科書や、学校の芸術鑑賞で勉強として初めて触れることが多いかもしれない。でもその前に、楽しいものとして触れられる機会があったら、と思って創ったのがかぶき踊り。

ラスベガス歌舞伎のこと。
べガスで学んだのは、スケールの大きさ。それと、ベラッジオの噴水は吹き上がる高さが300mだが、これはあの噴水のために発明されたもの。当時は100mくらいしかできなかったものを「300mになったらかっこいい!」という思いで発明したから、あれができた。歌舞伎でも、どうしても劇場や役者さんを軸に「ここで何ができるか」「この人たちで何ができるか」を考えてしまうが、そうではなく、何がしたいか、を軸にそのために必要なものは発明する、ということを強く学んだ。
べガスでは古典歌舞伎ではなくべガスでなければできないことをやろうと思った。そして、日本でも現代劇、ミュージカル、オペラ、なんでもやってるように、海外でも歌舞伎を演じて欲しい。曾祖父はハワイの大学で勧進帳を学生に指導したこともあるが、定着はしていない、そういう祖先がいるからこそ、その思いがあるのかもしれない、と。

今後の予定の話で、来月は歌舞伎座です。今をときめく愛之助さんもご出演。ということは奥様もいらっしゃいます!舞台も、ロビーも華やかです!
2月は勘九郎くんのご子息二人の初舞台。中村屋の襲名桃太郎には父も祖父も出ていたので、松竹の人に「これは、犬は僕じゃなくていいんですか?」と言って半ばおしかけ出演します、と(爆)
5月には歌舞伎オンアイス。滑ります。滑るには色々な意味があり、高橋大輔さんのようにかっこよく滑るのも、荒川静香さんの反り返るのも、素晴らしいですが、つるっと滑るのも、滑りです、ですって。アイスホッケーをやっていた市川笑也さんも出ます!

最後は、千歳飴もってあっかんべーの写真を顔をアップにして去って行きました(笑)

[PR]

by yopiko0412 | 2016-12-17 20:06 | 歌舞伎  

劇団☆新感線『蒼の乱』 >>