NINAGAWA VS COCOON Vol.3『メディア』

2005/5/26-19:00開演 シアターコクーン

確実に今年一番よく観る演出家になりそうです、蜷川さん(笑)ま、7月の歌舞伎座と天保~が取れればの話ですが。
開演前に、『天保12年~』のちらしを眺めました。白地に赤い文字で『号外』てすごいなー。見開きの内ページには作・演出・作曲のお三方と、錚々たる出演者の名前が。まだまだ仮チラシなのにコーティングされた用紙で気合はいりまくり。ていうかコクーンで日程と価格が発表されてますが、たっかいよ!コクーンでS席13000円てほんと?帝劇並みじゃないですか・・・ハコが小さいから帝劇より利益出すの大変だからかしら・・・。

さて、本題のメディア。
私は『王女メディア』観たことないのですが、あれを男性がやってたらそれは迫力あっただろうなあと思います。
ストーリーはこれでもかってほどのギリシャ悲劇。駆け落ちまでして結婚した夫イアソンに捨てられた妻メディアが、夫の再婚相手である王女とその親の王を殺し、また夫を苦しめるために自ら我が子にも手をかける・・・。
今回のお芝居ではこの部分だけだったんですが、そもそも「駆け落ちまでして結婚した夫に捨てられるまで」にもだいぶエピソードがあるようで、どの部分を強調するか、でお芝居も色々変わるんでしょうね。でも一番の悲劇はやっぱり「子殺し」でしょうからここが題材になりやすい、のかな。




もうこれは、大竹しのぶさんの力技、て感じでした。冒頭の説明部分を除いてはほぼ出ずっぱり、喋りっぱなし、水に浸かりっぱなし、という状況であの気性の激しい役どころ、圧巻でした。上演時間は休憩無しの1時間50分くらい、だけどその台詞量・運動量は何倍か。観ているこっちも状況に置いていかれないように、洪水のような台詞を聞き、メディアの心情の流れに乗っからないといけない。
メディアは、ただ笑って子供を手にかけるんじゃないんですね、何度も逡巡して、可愛い子供たち、もうこれで最後なのね、と泣きながら抱きしめて、一度はやめようと思うんだけど、それでもなお子供たちをそのままにはしておかなかった・・・激しすぎるイアソンへの愛が、反対に激しすぎる憎悪となって、彼の全てを憎むようになった。その究極が彼の子供であり、自分の子供である息子たち。パンフにも書かれてましたが、あれで子供たちを殺して自分も死ぬ、ではなく、自分も子殺しの苦しみを背負いながら生きることを選んでる、ていうのは彼女の強さであり、彼女なりの自分への罰なのかな、と思いました。
終演後にパンフレットで情報の補完をしましたが、前段のメディアの激しい尽くし具合も観てみたくなります。

イアソンは生瀬勝久さん。自分の地位と名誉のためにはなんでもする男、そして自分の分身ともいえる子供たちへの愛情は持っていたのかな。いや、彼は自分の子供すら、出世させれば自分の名声のプラスになると考えていたのかもしれない。
イアソンとメディアとの言い争いの場面はすごかったです。ひたすらに平行線を辿るしかない言い争い。結局彼は女性を(メディアだけでなく再婚相手の王女も)単なる道具だとしか思ってないんですね。自分の成功のためになる道具、自分の子供を生ませる道具・・・。だから「女に産ませる以外に子供のできる方法があればよかったのに」ていうのが一番の本音。これ当時のギリシャでそうだったということかしら?だとしたらここまで強烈じゃないにしても、人間てあんまり成長してないですね・・・。

他の出演者は出番は少ないけどインパクトありました。
イアソンを婿に迎えた王。登場時からやけにテンション高いなーと思ったら、あれしか出番無かったんだ(笑)でもあれだけで王のインパクトありました。「王に向かない性格なのだ~!」てナイスキャラだったし(爆)
でも、王にしろ、その他の位の高い人たちはみんな輿や馬に乗っての登場だけど、本水の舞台であれって逆に恐いんじゃないかしら・・・しかも動きも制限されちゃうし難しいだろうなあと感じました。
メディアの逃亡先を提供するギリシャの王、彼もほんのちょっとの出番でしたが、この芝居の登場人物の中で一人だけやけに天真爛漫な人でしたね。子供ができない、というただ一つの最大の悩みを解消してくれると聞くや否や、それがまだ成功もしていないのに、これから何が起こるかもわからないのに、メディアを全面的に信頼して、受け入れることを誓ってしまう。彼もある意味イアソンと同じ部類の人間かもしれない、ただイアソンより純粋だった、ていうのが彼らの違い。
メディアはあのあと、龍に乗ってギリシャへ渡ったということなんでしょうね。その後の話はないのかしら?
配役見たとき、「?」と思っていた「報告者」てそういうことだったんですね。メディアの暗殺の顛末をメディアと観客に克明に知らせる役割。ここからメディアの子殺しに一気に進むわけで、メディアにスイッチを入れる感じでした。しかしあの報告の描写はすごかった・・・話を聞きながら、はじめメディアが耳を塞いだと思ったら最後には喜びに変わっていた、ていうのも恐かった。

子供たちは結局舞台上では声は発しなかったですね。メディアの子殺しの場面も、どうするのかと思ったら、見せない。でもあそこで、姿は無いけど、殺される場面で初めて声を聞かせる、ていうのはすごい演出。ていうかこれは戯曲が元々そうなのか、演出がそうなのかわからないけど、王女と王の死も、子供の死も、すべて人物による台詞で表現している、つまり役者の力量が大きく影響するお芝居ですね。台詞劇というべきか。シェイクスピア物や、デモクラシーと似てるかも。

かなり濃密な1時間50分でした。カーテンコールでの大竹さんの笑顔がステキだった♪
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by yopiko0412 | 2005-05-27 15:15 | 演劇  

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