龍馬伝第四十五回「龍馬の休日」

龍馬伝第四十五話『龍馬の休日』

大事の前の、オリジナルストーリーで龍馬とお龍の別れをじっくり。その中で、龍馬の現在置かれている立場を明言し、弥太郎との別れも織り込まれ。




そこここに、龍馬とお龍の会話が「未来」を予期させる言葉で、その度に「これが成就されることはないのだ」とわかっているこちらとしては胸が痛む。
龍馬の立場については、お龍に説明する体で三吉さんが代弁。土佐では大殿さまが大政奉還に異を唱えていること、長州も薩摩も武力討伐しか考えていないこと。龍馬には見方はいないのか、というお龍の問いに答えることができない三吉さん。三吉さんは見方でしょう、と言われて「坂本さんが大好きです。でも、その前に自分は長州の人間です。」という言葉も、暗に「見方はできない」ことを示している。その一方、三吉さんとしてもきっと龍馬の想いが叶うことを願っているのだろう。
三吉さんも、木戸さんも、「龍馬個人」に対しては友情を持っている。それが、お龍に対する処遇に表れているし、木戸さんの「友として最後の忠告」も、きっと本心だろう。その、人としてのかかわりとは別に、三吉さんがいうところの「それぞれの正義」「藩の立場」があるから、そこにすれ違いが生じる。
龍馬や海援隊の面々は、脱藩しているからこそ、「藩の立場」に縛られることはない。
個人としての感情と、社会的身分を伴う上での関係性の違いが浮き彫りに。

弥太郎と龍馬の最後の別れは、海援隊を出発する龍馬にミニエー銃を渡しにきた弥太郎。けれど、先週の決別宣言もあり、お互い眼を合わせることはない。弥太郎は龍馬に「わしは正反対の道をいく!」と告げて立ち去る。
けれど、土佐商会で主任を解かれて立ち去る際に弥太郎が残した捨て台詞は、「身分に捕らわれていたらこれから先の世の中生きていけない」ということ。弥太郎は大政奉還は成されず、戦になると予測しているけれど、その先に世の中が「身分の差」の関係ない世の中になる、という想いはある。それは龍馬がいう「上士も下士もない世の中」でもある。龍馬は「世の中のため」に「金にもならない」ことに精力を傾け、弥太郎は「自分の力で金を稼いで」「世の中を生き抜くために」商売をする。
違う方向を見ているようでいて、でも同じ未来を見てもいる、龍馬と中岡とな違う意味で、表裏一体な龍馬と弥太郎。合わせ鏡のような二人だなあ。

今回も映像は色々凝っていたけれど、紅葉の使い方が秀逸。
季節を表すとともに、色々な心情の背景に映える赤。だけど、血の赤、でもあるんだよね・・・。
龍馬を待つお龍が紅葉の葉を並べて時間つぶしをしている、時間の経過が紅葉の拡がりでわかる。そしてその紅葉の中でまどろむお龍が見た夢は、龍馬が斬られる夢・・・やっぱり血の赤。
だから、お龍は龍馬が帰ってこなかったことを怒るけど、それはとにかく「心配」したから。「帰ってくる」と言った人が帰ってこない恐怖。それをお龍は実感したんだ。だけど、それが現実になるのだと知っているこちらは本当に辛い。
龍馬とお龍の今生の別れにも、紅葉が色を添える。二人の笑顔を飾る、燃える赤。

龍馬を慕ってくるのが、藩の重鎮の面々ではなく、奇兵隊の隊員だったところも龍馬らしいところ。そういえば高杉さんの最期の回も、奇兵隊の面々が高杉さんと最後の時間を過ごしていたっけ・・・。奇兵隊の隊員が未来を、希望を、託して一緒に酒を飲み、歌い踊った高杉や龍馬は、その想い途上で命を落とすことになるけれど、奇兵隊の人たちの間にはその想いは残ってるんだろうな。

龍馬の死に向かって、龍馬は色々な人と別れている。海援隊の本部で仲間と、弥太郎と。長州でお龍と、三吉さんと、そして木戸さんや大久保とも。
この後、土佐で家族とも、別れを迎えるのか・・・再会を喜ぶ家族の姿が、逆に龍馬の死を知った時のことを考えさせる。

今回色々事前に聞いていたシーンがあって楽しめたなあ。
お龍さんの「おばちゃんちゃうわ!」とか、龍馬の「風呂は熱ぅ~じゃなきゃいかんぜよ」に素で笑うお龍さんとか(笑)
船の出航が伸びた後相撲をせがむ子供たちに「このおじちゃんがやってくれる」てのはあれ、お龍さんなりの小さな仕返しですかね(^o^)

公式サイトの後藤象二郎特集が力入ってて面白かった。青木君、これを機にぜひもっと色々な役どころを!せっかくいい役者魂を見せてくれてるのだから、いい仕事を持続してどんどん大きくなって欲しいなあ!
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by yopiko0412 | 2010-11-07 23:04 | 龍馬伝  

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