龍馬伝第三十九話「馬関の奇跡」

龍馬伝第三十九話『馬関の奇跡』

怒涛の第四部の初回。
またもや、明治の弥太郎から始まる。
今回は、この弥太郎パートとドラマの中のパートがリンクしている。
明治の弥太郎もまた咳きこみ、血を吐き、隠す。幕末では高杉が血を吐き、隠す。
明治の弥太郎がグラバーを部下として雇っているが、幕末ではその弥太郎はグラバーに足蹴にされている。
そんな対比。
そこに、弥太郎の咆哮が幕末の長州戦争の喧騒に重なり、弥太郎の叫びと龍馬の声が重なり、大砲がオープニングに導く。
ここ、あまりのカッコよさに鳥肌!ナニコレ!こんなかっこいいOP見ないと損!




そして、その勢いのまま怒涛の長州の戦いぶり。
どこをとっても手に汗を握る、そして迫力満点の戦。奇兵隊は奇兵隊の戦い方、亀山社中には亀山社中の戦い方があり、それぞれの長所を生かして、お互いの仕事をこなすことで、大きな力になる。それは、どちらが上とか下とかではない、奇兵隊の隊員は侍ではない者たちが多いが、彼らの力も、日本の将来のために必要である、と高杉が言ったという。そして、龍馬たちもまた、想いは同じ。

そう、龍馬と高杉の想いは、いつもシンクロする。

海外への憧れ、日本を守りたい想い、そして、今回のラストの長州藩主への謁見後のやり取り。
戦の勝利への功績を藩主直々に褒められた龍馬、その後の木戸(桂)との3人のやり取り。ひとしきり成果を讃えあったあと、部屋に入った木戸に対する縁側の龍馬と高杉。この立ち位置が絶妙。
そして、逆光で表情が見えない龍馬と高杉、後ろ姿で表情が見えない木戸、誰の表情も見えない中で、緊迫感のある会話。視聴者に、それぞれの表情を想像させる見せ方。きっと木戸は自信満々な表情をしていて、一気に江戸まで、という感じだろう。龍馬はちょっと違う。高杉も。そして「戦はこれきりに」から表情を見せながら、龍馬と木戸の考え方のすれ違いを表していく。
龍馬は、戦に勝利したが、それは一つの結果を駒として使い、武力があることを見せつけて、それを盾に征夷大将軍の地位を返上するように、という圧力にすべき、という。そこに高杉も同調。だが、一度得た権力をやすやすと渡すわけがない、という木戸の意見も、確かにそうなんだよね。
この3人のやりとりが、前回西郷に「舞台から降りろ」と言われたことともリンクしてくるわけで。
本当に、同じ方向を見ている間は同志でも、少しやり方が違うだけでもうその関係は崩れていく、危うい均衡。
だけど、高杉も熊本藩に対して無用な殺生をする気がない、と語ったように、戦いを避けたい気持ちはあるはず。木戸が言う、大政奉還論はこれまでもそういう者がいた、という中に、もしや高杉も入っていたのではないだろうか?
龍馬と木戸が語るこのシーンを見ながら、彼らが初めてであったあの飯屋のシーンを思い出した。あの時は江戸で今で言うなら能天気に顔に丸とか×とか書かれてた木戸さんと、溝渕さんに連れてこられてどぎまぎしてる龍馬、まだあの時点では二人は無邪気な若者だったんだよな、なんて思いだして、このドラマが積み重ねてきた歴史を見た気がした。

龍馬たちの戦いの間に挟まれたのは、弥太郎の長崎での戦い。
ジョン万次郎に溝渕さんまで登場して、長崎で商売をしようとする弥太郎だけど、長崎の大物商人は既に龍馬との繋がりがある。弥太郎との商売より、龍馬との商売の方が優先、と言われ、激怒する弥太郎。
知らない間に薩長を結び、長州の戦いに参加し、商売の場にまで手を伸ばしている龍馬が、弥太郎には我慢がならない。でも、弥太郎なりに、龍馬は戦いを好まない、憎しみからは何かを生み出すことはできないという龍馬の考え方を、理解していたんだろう、だからこそ、戦に加わった事実に憤る。

今回、とにかく戦争場面とその後の幕府、薩摩、長州の流れ、大きく歴史が動く描写がものすごかった。
光のシルエットが秀逸。
前述した龍馬、木戸、高杉のシーンもそうだし、戦いの場面での朝日をバックにした高杉の三味線を持ったままの殺陣が美しく。船の中で頭上からの光を受ける龍馬のシルエット、手を広げた龍馬のバックショットも光を浴びて。幕府が敗れたことで時代が動いていることを実感し吠える西郷のシーンも、短いながら西郷の表情と、やはり光を浴びたシルエットで威力抜群。
戦場の場面では今まで一番の埃っぽさだったかもしれない。あれ、船も含めてほとんどセット撮影なんだろうからすごいの一言。美しい映像と躍動感あるダイナミックな物語、第四部も期待大!!
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by yopiko0412 | 2010-10-02 22:10 | 龍馬伝  

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