龍馬伝第十九話「攘夷決行」

幕府が朝廷に約束した「5月10日の攘夷」これをきっかけに時代は動く。人の運命の流れが大きく変わっていく。そこには、散りゆく桜が舞う・・・。




今回のメインは、後半を占めた龍馬と武市さんの会話・心理のやりとり。
攘夷の出陣命令が出なく、悄然とした武市。龍馬が、武市の元を訪れ、武市に目を覚まして欲しい、と真実を伝える。どうしても、分かってほしくて。武市にも危険が迫っていることが分かっているから。
だけど、ことごとくそれを退ける武市。全ての根底は「大殿さまへの信奉」「武力による攘夷こそ日本の、土佐藩の、大殿さまのためである」いくら龍馬に全てを教えられても、自分自身の今までの進んできた道を、信念を、捨てることはできない、そのために犠牲にしてきたことが、人が、いるから。
おそらく、武市は龍馬の言うことも分かってるんだろう、と思いながら見ていたら・・・まさにそうであることが、武市の言葉に、表情に表れていた。
言葉と表情、と言えば、今回この会談もそうだし、その前の龍馬、武市、収二郎、以蔵のシーンもそうだけれど、話している人物の表情ではなく、それを聴いている人物の表情を捉えるカメラワークが多用されていて、話している人物の表情を想像させる効果があり、逆に、聴いている人間がどんな気持ちなのか、を表情で伝えようとしている。行間の滲み出る演出に脱帽。
わかっている、ということを言外に忍ばせながら、それでも武市は土佐に戻る、と主張する。収二郎を放っておけない、と。自分が頼めば助けられる、と。まだ、それでも、大殿さま信奉を掲げるしかない武市。

演出の妙と言えば、今回は桜、でしょうか。5月なのですがまあ暦も違うので今でいう4月なのか?と思いますが、全編にわたって桜が散っていました。散り際が美しい桜、の暗喩。勝は桜の枝を持って歩く。容堂公は舞い散る桜で遊ぶ。武市の背後には、舞い散る桜。これが、龍馬と武市の会談では、武市は縁側に、龍馬はその後ろに立ち、武市の背後に大量の舞い散る桜。このシーンの二人の心理、武市の覚悟、と相まって相乗効果が素晴らしい。

武市の収二郎と以蔵への対応の違いが浮き彫りにもなっている。
以蔵には「馬鹿だと思っていたが、ここまでとは」「飼い犬に手をかまれた」と罵倒し、「人斬りがいやだとわかっていたが、やらなければならない」とまだ正当化する。
収二郎には、「なぜそんなことを・・・。」と、画面上映されていないけれど、きっと抱きしめてる。
以蔵には「もうお前は仲間じゃない」と突き放し、収二郎には「藩邸に戻り、土佐に戻れ」と、まだ自分の支配下にある対応。
龍馬との会談の時も、収二郎のことばかり「わしのために働いてくれた」「優秀な男だから、野心を持っても仕方ない」という。だけどね、武市さん、「わしのために」て言葉自体が、何か間違ってると思いますけれど・・・。武市さんが、下士でも、優秀な自分は藩を動かせる、と信じて、大殿さまにも認められている、と信じて、そのために動いていたのと、同じなんです、収二郎も。
そして、武市さんが以蔵を利用して捨てるように、容堂公も武市さんを利用して、捨てるんです。
でも、最後に少し、救われたのは、龍馬との会談で、覚悟を決めているからこそ、武市は「過去」の後悔を口にし、「未来」を語る。以蔵にも悪いことをした、と謝らなければならない。収二郎を助けなければならない。本当に攘夷ができるのなら、龍馬の海軍にも参加しよう、と。あぁ、少し武市さんが人間に戻った、と。
だけど、もうそれは遅かった。そんな未来が来ることは龍馬も、武市さんも、わかってて、それでも武市さんは「また会おう」「達者でな」と(涙)

今までもそうだったけれど、龍馬は本心で言いたいことを隠す時、声の質が違う、しゃべり方も、違う。今回も、藩邸にやってきた当初は無理して明るく、何も知らない素振りで、能天気な風を装い。でも、いよいよ武市さんに本気でものを言う段になると、声に力がこもり、重みも加わる。敢えて、の龍馬。
同じく、武市さんも、表情でその感情を表す。あくまでも自己を正当化し、白を切る時は敢えて冷静なような、無表情。でも、ついにその仮面がはがれ、表情に歪みが出たとき、本当の心情を吐露している。
二人の会談で、その二人のリミッターがはずれた後のBGMと会話の流れ、二人の言葉と表情が切なくて、哀しくて、感動的・・・。

そして、武市の覚悟、龍馬との別れのあとには、投獄される収二郎と追手に追われる以蔵・・・。
なつと以蔵の物語は多くは語られてないけれど、以蔵が窓を開けてぼーっとしているのを見つけて慌てて窓を閉めるなつ、以蔵がなつに縋る様子、以蔵に急を知らせるなつ、など、ちゃんと二人にも物語があることを匂わせている。なつは以蔵が恐れ、追われていることをわかっていて、一緒にいたんですね。

ここから先は、土佐勤王党の、武市の、収二郎の、以蔵の、末路がどんどん進む展開になる・・・彼らだって、時代に翻弄され、時代の中で何かを成し遂げようとし、武士であろうとし、自分が信じる人を、信じる道を、進んだのだ。その生きざまと最期を、見届けなければ。
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by yopiko0412 | 2010-05-10 00:32 | 龍馬伝  

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