龍馬伝第十一話「土佐沸騰」

龍馬伝十一話「土佐沸騰」

感想が追いつかない・・・色々書きたいことがあるのに~!!
とりあえず、Twitterでつぶやいたことを編集しておきます・・・。




武市さんは、自分が言ったこと、やったことで色んな人が勘違いしたり後戻りできなくなって不幸になっていくのよね・・・まだまだこれからも。でもその責を自分で負えない。そして今度は龍馬までも巻き込もうとする。最後の勤皇党の件は、あの状況じゃ加尾を追い込んだのと変わらないじゃないですか。
武市さんは門弟たちを煽る言葉は持っているけれど、煽った結果、鏡のような彼らがその言葉を吸収して、増幅して、何倍にもなって跳ねかえってきた事に対し、それを抑える言葉は持ってないな、ということ。龍馬は、俯瞰で冷静に見ているからこそ、彼らを諌める言葉を持っていた。

前から思っていたけれど、龍馬は、何か考え事をする時、自分の心を見つめる時、刀を振って、自分と対話してる。1話からずっとそう。1話では刀じゃなくて草だったけど。北辰一刀流を極めることで、自分の人生を見つめる力、自分と対話する力にも磨きがかかったのかな、定吉先生の言葉の通り。

冒頭の坂本家の食事シーンは、家族中が龍馬を心配してて、でも楽しい話題でそのことに触れない。後半の「居場所」の話を乙女ねえやんとするシーンは、乙女ねえやんの境遇と龍馬の境遇を重ね、さらにねえやんが龍馬の味方であることを色濃く描写、これって脱藩時の家族のシーンへの布石、ですよね。
この時点ではまだもやもやと「居場所がない」と思ってる龍馬だけど、まだその違和感の意味を掴みかねている感じ。これが来週、「暗殺指令」ということは・・・そこで決定的にわかるんだろうな、違和感の意味を。

東洋は、弥太郎、武市さん、龍馬、それぞれの人物をちゃんと見切ってる。武市には大勢が見えていない、器の小ささに失望し、弥太郎には商売の才覚と、そのガッツを買った上でスパイとしてうまく使う、龍馬は、大きくなったことに気付き、下士側に付いたら本当の指導者になりうる、と思ったか。
そのために自分の側に付けようとしたんだろうなあ。でもそこにも龍馬は違和感を覚えてる。弥太郎にとっては喉から手が出るほど欲しい身分だけど、龍馬には即答できない違和感がある。まだ理由はわかってないんだけど・・・。

龍馬のいう、「自分から世の中に関わっていかなければ」の姿勢が、武市さんへの接し方に変化があった。武市さんの理論がおかしいことを理論だてて説いてる、そして本当にしなければいけないことが他にある、ということに、龍馬は気付いてるし、武市さんにもそれに気付いて欲しい。
だけど、実際に龍馬が心配したことが起こり、片付いた後に武市さんがやってきて「お前の言うとおりだった・・・俺が殺したんだ」と懺悔するシーンでは、「・・・すんません、ぬるかったです」てしれっとはぐらかす、「言ったとおりだったでしょ?」みたいなことでもないし、「そんなことないですよ、落ち込まないで」でもない、あくまでも武市と対等であり、同じ意見ではないけれど、自分の意見を押し付けるでもない、中立な姿勢の龍馬。だけど結局武市さんとは相いれないのだけど・・・。

あと、切腹も含めた「死」についての言及が、伏線なんだなあ。だってみんな龍馬が志半ばで命を絶たれることを知ってる。その上で、八平さんや定吉先生は「死に至る生き方」を説き、龍馬は「死んだら終わり」と呟く。侍として切腹という決着の付け方に疑問をもってる。
だけど、武市さんは「武士の本懐を遂げた」とかいっちゃって、これまた自分が煽った結果なのに、武士道に挿げ替えてしまってる・・・そういうしか、もう彼に言うことはないのだけれど・・・。龍馬にだけは「自分が殺した」と言えるけど、みんなの前では、言えない。

武市道場に終結した下士たちに囲まれて、断るわけにもいかない状況。でも肝の座った龍馬は驚かないし、うろたえない。脱藩に向けた助走が始まった。
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by yopiko0412 | 2010-03-28 14:32 | 龍馬伝  

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