福山雅治『残響』

6月30日に発売済みのアルバムです。ツアーはもう始まってるけど、アルバムが遅れて発売というレアケース(笑)私のライブはさいたまスーパーアリーナからなので、アルバム買ってものすごい勢いで予習。

まず、8年ぶりのアルバムってさすがに待ちすぎ、とは思いますが、久々にいわゆる「オリジナルアルバム」の体裁で出てきたアルバムを聞くと、ああそういうことだな、と思いました。




何がって、オリジナルアルバムにはストーリーというか、全体で一つの集合体的な雰囲気というか、そんなものがあって、たとえば「5年モノ」はまあほぼシングルコレクションだったのでどれもが一個の独立した曲のイメージが先行しちゃってたけど、オリジナルアルバムになるとそうはいかない、曲と曲のバランスだったり、コンセプトだったりがきちんと見えてくるんです。
だから、「群青」が頭で、「18~eighteen~」が核で、「道標」がトリ(初回版ではボーナスで「99」があるけど)で、というところに意味があるし、受け取る側にも受け取り方がそれぞれある。
そして、ラジオでも「化身」や「想」はやっぱり「シングル曲」なんだよね、というような表現をされていたけど、濃いというか、キャッチーというか、ちょっと突出したものがあるんだけど、その他の曲構成は割りとじわじわ派なものだったり、歌詞をじっくり派だったり、噛み締めて噛み締めて染みて来る、という味のある曲が組み合わせられていて、絶妙のバランスを作り出す。

「Phantom」なんかは、初めて聞いた瞬間は、マイナーコードで地味な印象なんだけど、歌詞を見て、じっくり聞いている内に、なぜかいつの間にか頭の中で鳴ってる。「希望がない」と断言されちゃってたんだけど、でも「残響」のコンセプトをちゃんと受けてなお、希望だけじゃない何かを歌ってる。割と逆説的な位置づけなんじゃないかなあ、と感じてきた。
「ながれ星」も大人の女性視線の歌詞なんだけど、「最愛」とか過去の「milk tea」なんかでも感じたけど、こういう歌詞を聞いて、自分の今までの色々を思い起こすようになったのは、同時に自分にも「忘れられない何か」とか「抜けない棘」とか、「時折痛む古傷」なんかが増えてきている証拠なんだろうか、と思える。決して辛い思い出を増やしたいとは思わないけど、でも生きてきた時間が長くなればなるほど、こういう歌詞をリアルに感じられるようになるのかもしれない。
「survivor」は都会で働く人の歌、なんでしょうが、同じコンセプトであろう「明日の☆SHOW」とは違った目線から描かれていて、でも根底は同じなんですよね。

アルバム曲で描かれている登場人物は、同一人物の違う切り口なのかも、親子なのかも、同じ遺伝子の男女なのかも、もしかしたらこの歌の男性とこの歌の女性はカップルなのかも、なんて考えることもできたりして、自分なりの解釈が、その時その時で浮かんでくるのが、味わい深い。
私には、いわゆる故郷という土地はないけれど、自らのルーツや今までの通ってきた道、関わった人々、を思う心は、このアルバムで彼が表現していることと何ら変わりはないから。だから、このアルバムは、いつまでも、誰にでも、絶対に響くことができると思う。

さて。
20周年目のものすごい盛りだくさんな情報とイベントとインプットアウトプット、チーム福山の意気込みに、私も心して追いかけないと。
最後までアルバムの予習をして、さいたま初日にぬかりなく。

あ、PV付きアルバムは、完売してる・・・ライブDVD付きはまだあるようです。
残響(福山☆冬の大感謝祭其の九ライブ3曲収録DVD付)
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by yopiko0412 | 2009-07-05 02:49 | ライブ・音楽  

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