『冬の絵空』

2009/1/24-13:00開演 世田谷パブリックシアター

今年の観劇初めはこれでした。
さらっと感想だけでも~。

主演は、生瀬さん&じゅんさんだったような印象で・・・。
生瀬さんの緩急自在っぷりとか、じゅんさんの押さえた演技とか、やっぱり巧いよなあ、と。
ストーリーは、面白もあれば、真面目もあり、問題提起もしてたり、狂気もあり、人間愛もあり。
色々、詰め込みまくってるので・・・ちょっととっちらかってしまった感もありますが、忠臣蔵を題材に新解釈というか、これだけ複雑に組み替えた脚本は面白かったです。




本物とはなにか、とか、自分を証明するにはどうしたらいいか、とかその辺が根本のテーマ。
それを体現してたのが、歌舞伎役者沢村宗十郎なんでしょうが、どうも押し出しが弱いのでもったいない。というか、「大石です!」てあれはコミカルにしたかったのか、彼の役作りがそうなのか、見栄を切ってかっこよく言ってるつもりが重さが足りなくてコミカルにしか見えなくなってたのか、どれがほんと?
で、大石にしても、浅野の殿にしても、「自分は本物だ!」と言いながらも証明することができずに否定される。これは、相対している人間側が、「本物であって欲しい」か「本物であって欲しくない」かで、結局受け止め方が違ってくる、てことかなあ。本人の思いとは別のところで、相手にとって都合のいい時だけ「本物」だし、都合が悪いときだと「偽者」扱いされる。いい例は殿様ですね、天野屋に利用されるだけされて、最後は影武者でした、みたいな。大石の場合は、絶対、志士たちが平静であればわかるはずなんだけど、志士たちには志士たちの都合というか、「討ち入りする!」という決心があったから、そのためにはじゅんさんの大石じゃなくて、藤木さんの大石が必要だったんだ。そう、自分にとって必要なものを欲してた、エゴ、でもあったのかな。
ただ、よくわからないのは、そんな彼らは犬として生き、じゅんさん大石も犬を束ねて人でもない、犬でもないものとして、死者を黄泉の国へ送る扉の番人になってしまった、のがわからない・・・。なんで?

中越さんは、尼の語り手と娘のおかる役で、声音も変えて、結構存在感ありました。
が、おかるは結局「中身」と「見た目」どっちを見て歌舞伎役者や藤木大石やじゅん大石に惚れたのか、わからない。
で、最後は歌舞伎役者な藤木さんと黄泉の国へ旅立つわけで・・・。

吉良の殿は、ダブルキャスト。私が見たのは松尾さん。
面白と、狡猾なじじいと、色々しどころのある楽しい役柄で、これを粟根さんがどうやったのか・・・気になる~!(笑)
「結婚してください!」とかね(爆)
ちょうど、松尾さん楽日だったらしく、じゅんさん大石にこれでもかのアドリブ攻撃!
折しも、アメリカの大統領就任式が話題の頃だったので、「Yes We Can!」と連呼して、言わせたくてしょうがない様子。これに傍に控えていた一学は乗っかって小声で「Yes We Can!」言ってたけど、じゅんさんは最後まで言わなかった(爆)
松尾さんは「私、今日が最後なんです!だから言ってください!」みたいなことを言ってたけど、結局言ってもらえず芝居に戻り・・・「良く、耐えられましたな」と敗戦の弁(笑)

シロもなあ、設定は面白いと思ってたのに、もっと何かあるのかと思ってたけど、特にこれといってストーリーに絡むことなく、最後だけ突然で「何?」て感じでもったいなかったです。あれか、「犬になって生きる」ことの伏線というか、お手本がないと、犬でも人でもないじゅんさんの存在の説明がないから、シロを出して説明したのかな~。
「えひもせす」のエピソードはしっとりしててなかなか良かったのでは。あれ、内田滋くんだったことをパンフで気づきました、和装だとわかんないよ・・・。

あと、最後の、桜でぱーっと明るくなった舞台が印象に残りました。あれすんごい綺麗だった~。
[PR]

by yopiko0412 | 2009-02-20 23:50 | 演劇  

<< 『リチャード3世』 高松旅行【直島】 >>